週報1394回6月9日

司会:伊東会員
●点鐘 〔齋藤弘会長〕
●ロータリーソング 「我等の生業」
●会長挨拶〔齋藤(弘)会長〕
尾﨑さん、ようこそいらっしゃいました。
皆さん、今日は東京恵比寿ロータリークラブのお話をします。
私は、当クラブに何度もメ-クアップに来ていただいた東京恵比寿ロータリークラブの勝部様へのお礼として、先月、逆に、私がメークアップに行きました。例会場は、東京恵比寿にあるヒルトンホテル系列のウェスティンホテル東京です。その例会場には、ピアノがあり女性が演奏していました。また、正面横には額縁に入ったポールハリスの大きな肖像画が飾られていました。
当日の参加者は80名。その中には、女優の司葉子さんもいました。年をとっていても、とても綺麗でした。私は握手をしていただきました。また、参議院の山東昭子さん、渡辺プロダクションの渡辺美佐さん、松島トモ子さんも同じクラブの会員との事。驚いた事に、女性会員は半分もいらっしゃり、気品があり、皆美しく、また、それでいて仕事を持っているとの事です。さすが、東京恵比寿ロータリークラブだなと思いました。
会員増強は、今期はなんと10名達成、6月には更に2名増えて120名との事。入会申込書のフォーマット一式を貰って来ましたが、特徴的な事は、2枚つづりになっていて、最終学歴や家族構成、本籍地の記入欄まであります。入会審査は、その入会申込書を基に、まず①入会選考委員会が、本人と面談を行い、②後日、理事会に、③その後、個人情報の関
係上、簡単な入会希望者データに書き変え
(ちなみに、当クラブの新しい入会申込書と同様な内容)、それを一般会員全員宅にFAXで送る。④もし異議のある人が出たら、理事会で、再検討するそうです。大きなクラブはしっかりしているなあと感心しました。総合的にクラブの雰囲気はとても良かったです。メークアップ料は、チョット5千円は高いですが、精神的に疲れた時は、東京恵比寿ロータリークラブにメークアップに行くとスッキリして満足します。私は、また行こうかなと思う位です。東京恵比寿ロータリークラブをおすすめします。
ところで、当クラブの30周年の基調講演をしていただいた小沢一彦様が所属している横須賀ロータリークラブに、挨拶訪問を明日、塩田副会長と私の二人が行って来ます。これですべてやりました。
以上、会長挨拶とします。ありがとうございます。

●幹事報告〔髙橋(勝)幹事〕
1.佐倉ロータリークラブより次年度幹事
北村氏より實川氏に変更となった旨連絡がありました。
2.千葉県倫理法人会より「櫻井よしこ氏」のチャリティー後援会を開催のお知らせ
日 時:7月17日(日)
講演会14時30分~16時
懇親会16時10分~
場 所:アパホテル&リゾート
会 費:6,000円
3.ソウル世界大会参加者よりお土産として バッジ、女性会員にはそれに加えてスカーフを持ち帰りました。お受け取りください。

●委員会報告
○社会奉仕委員会〔高橋(利)リーダー〕
6月11日(土)フォルテにてゴミゼロ運動を行います。齋藤年度最後になります。

○習志野きらっと2016協賛委員会
〔三代川(彦)会員〕
第23回市民まつり きらっと2016のご協賛の御礼と大口協賛の広告の締切が近づきましたのでよろしくお願いします。ポロシャツの注文もあわせてお願いします。

○ロータリー財団委員会
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吉谷会員にマルチプルポールハリス
フェローピン 贈呈

●ニコニコボックス
庄司会員
尾﨑さん、入会を祝って
吉谷会員
青池さん、尾﨑さん入会のお祝い
平山会員
花のマーケットのコンペで優勝しました。
三代川(彦)会員
葬儀のお礼
三代川(文)会員
誕生祝のお礼
森会員
ホールイン2です。
中島会員
千葉西法人会のゴルフコンペでベスグロ

●卓話
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○髙橋 賢 会員

「職業と私」

牛乳と私のかかわりを先ずお話しさせていただきます。
私の父の生家が現在の八千代市大和田にございます。
古くは、養蚕を主とした農家でございましたが、私の祖父が明治末期から大正初期、不安定な養蚕から乳牛を主体とした酪農を志し、東京の大島(現在の江東区)において牧場経営を創業、昭和2年自分の生家であります八千代市大和田(当時は大和田町大和田)に移転致し、大和田町の酪農振興に尽力致し、私ども含め三代にわたり、昭和55年まで70年間牧場一筋に生活し経営致しておりました。
その間、私の父は大正末期に当時の津田沼町久々田(現在の習志野市津田沼5丁目)において牛乳の処理工場と販売業を創業致しておりました。
その後、第2次世界大戦が激化、ついに昭和18年私の父も出征致すことに成りました。
その時父は私のお祖父さんに対し、万一戦死した時には「この子を世の人々のためになれる生存力の強い子に育てて下さい。」このことを約し出征致し、昭和20年戦死致しました。
よって昭和24年私が中学校一年生の時、父の生家へ預けられ、昭和32年まで、多感な時代に乳牛と共々育てられました。
その間、私が最も印象的な思い出と、自分の将来に対する生き方にインパクトを受けた事がございました。
昭和24年の年の瀬のことです。興真乳業株式会社の創業者であります古谷精一様、そして私共の親族のお爺さんが私の家に訪れ私のお祖父さんと三人で話合っておりました。
その三人は共に明治10年生まれの当時73歳でございます。
「日本は戦争に負けましたけれども、私共はもう一度日本国民のため酪農振興を図り新鮮な良い牛乳を国民に普及致し日本国の再建のため働きましよう」三人合わせて219歳の大先輩が握手をしている姿を目の当たりにしたことです。
このことにより私が、牛乳に対する情熱を燃やす源として約55年経って今でも脳裏を離れません。さて、その後私は、牛乳の生産については子供の頃から父の生家で学びましたので、約一年半牛乳の処理工場において学びました。
そして昭和33年販売業の修業として、牛乳販売店において7年間住み込み勉強させていただき昭和39年9月習志野市谷津において牛乳販売業を創業させていただきました。
その後業務の伸展に伴い昭和53年三興ベンディング株式会社と社名変更致し現在に至っています。

○森 和夫 会員
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商売成功の秘訣(内村鑑三著)
・積善の家には余慶有り。
・富を天に積む。
・人間のできることを全力で行なう。その結果、天がいつかごほうびをくれる。
・人生は長距離レースです。
・人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず (徳川家康)
・最も多くの人間を喜ばせたものが最も大きく栄える。(家康)
・金と女は追い過ぎると逃げられる。待つことを覚える。
・人の一生は、やはり運だ。努力と根気、勉強が運をとらえる。(田中角栄)
・三次元に住む人間にとって一番大切なものは、金や女や地位や名誉では無い。一番大切なものは、時間だ。
・時間は生き物です。毎秒何億回も生成消滅している。時間を味方にした人が人生に成功する。
上記の事、森 和夫 65才に
して感じます。
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○伊東 弘樹 会員
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今回は、これから建設土木業に襲う人材不足をどうするかを話したいと思います。若手の担い手が少なく、働いても長続きしません。現在、当社では、外国人技能実習生制度をやって人材不足を補っていますが、海外も人材が段々いなくなっています。今年から実習生再入国というのもやり始めましたが、やはり絶対数が足りません。そこで今回、更生支援事業団というところから話がきたので紹介します。
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出席委員会報告     井上委員
会員数 出席 欠席 出席率 免除 メークアップ
49  33 14  71.4% 0   2
担当:髙橋(利)会報委員

週報1394回6月9日